![]() スタンリー・キューブリック。1999年3月7日 (現地時間) 死去する※1。 1928年7月26日にニューヨークで生まれた彼は少年の頃からカメラ技術に長け、高校時代にはやプロ顔負けの仕事をこなす。その題材は「死」である。 彼の独創的な作品は、この類まれなるカメラ技術と独特の視点によるところが大きい。 鬼才、厭世、完全。 これら形容※2 は彼にこそふさわしい。 仕事でも私生活でも妥協を許さず わが道をひた走って逝ってしまった。 2001年を前にした世紀末に旅立つとは いかにも彼らしいではないか。「それ」をくまなく眺めるためには あの世にまさる場所はないのかもしれない。 未知の領域を手玉に取るがごとく創案した 「スターゲートコリドー※3」 であるが、はたして、死に際してみずから体験することが出来たのだろうか。 ご冥福をお祈りしたい。
----- 悪魔と神という構図※5 は極論としても、芸術家・映画監督としてのキューブリックと科学者・小説家としてのクラークとでは、思考・解釈・表現において違いがでてきて当然ともいえる。自身の哲学を基盤に ひらめきと独自の視点で作品をつくりあげていくキューブリックに対し、クラークは、イマジネーションを科学的推論というフィルタにかけて現実化し※6、それを文学というオブラートに包みこんで読者にうったえかけているからだ。 キューブリックが、自身の作品の解釈について、観る者の数だけの解釈があって当然と構えているのは、論理飛躍の産物ともいえる「ひらめき」を観る者に説明するのが不可能だからだ。あるいは、そもそも彼の心の内には「説明する」という言葉が存在しないのかもしれない。彼は小説のような説明口調になることを極力嫌い、観る者をして得体の知れない難解な作品と感じさせることを意図していたふしがあるからだ。解釈に行き詰まって論理破綻に陥る観客をしり目に、筋書きの方は異様な結末に向かってどんどん突き進んでいくのである。 ----- ----- ※!! 2001年を迎え、世界各地で「2001年宇宙の旅」の再上映が行われ始めた。キューブリック監督の命日にあたる3月7日を待って再上映される動きもあるようだ(日本でも2001年3月に再上映される可能性があったが、Warner Bros. Japan を見た限りでは2001年4月7日からの再上映となっている)。この件に関しては「2001年宇宙の旅リバイバル上映と、ゲイリー・ロックウッド氏(プール飛行士役)の来日」を参照いただきたい。 ← (以上は2001年当時の記述) ----- ただし、この系統の作品の進化については「2010年宇宙の旅」で筆者は勝手に強制終了させた。2010年までならなんとか生存していられそうだということもあるが、内容自体に関しても、それより先の話は余りにも奇想天外すぎて興味をそぐというのが正直なところだ。従って、「2061年宇宙の旅」や「3001 - The Final Odyssey」の内容を当サイトの中で取り上げることは今後も一切ないだろうし、「その答えなら 2061 or 3001 or 失われた宇宙の旅2001 に出ている」等の見当違いな指摘も筆者にはありがた迷惑である。 ----- ----- ちなみに |
CATACOMB |
THE DOORS と STANLEY KUBRICK を扱うサイトです。中に入れば 「並みのファンでない」 ことが判ります。 デザインも洗練されています。キューブリック監督の追悼に関しては「記帳BBS」ご苦労様でした。 当サイトの「COOL QUIZ : 2001 A SPACE ODYSSEY)」にもたびたび挑戦していただき有難うございました。 |
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21世紀の歩き方大研究 |
以前は「2001年の迎え方大研究」というタイトルだったサイト。2001年宇宙の旅を含む「2001年」をキーワードにした構成はとても共感できました。新世紀を迎えた2001年、「気長に続けられるように」とタイトルを変更されたようです。 21世紀はまだまだ始まったばかりです。さらなる鋭い切り口を期待します。 |
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